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北斗練気闘座編
(131話〜136話)

 ラオウを恐怖させたもの。それはケンシロウとフドウが見せた哀しみの瞳。哀しみを知るためには、愛を知らねばならない。その方法としてラオウが選んだのは、自らの手でユリアの命を奪うことであった。

 ラオウが最後の闘いの場として選んだのは、北斗神拳の聖地、北斗練気闘座であった。戦いは、無想転生を会得したケンシロウが有利かに思われた。しかしラオウもまた、深い哀しみの果てに究極奥義を身につけていた。ケンとラオウが悔いなく闘えるため・・・そう言って己の命を差し出したユリアの姿を見て、ラオウは初めて己がユリアを愛していたことを知った。そしてその命と引き換えにラオウは哀しみを知り、その姿から戦いの無惨を知った兵士たちは武、器を捨てる事を選んだのであった。

 北斗練気闘座は、ケンシロウとラオウが初めてユリアと出会った場所でもあった。母の胎内に感情を置き忘れ、閉ざされていたユリアの心は、ラオウによって誘われ、ケンシロウによって開け放たれた。そしてそれは、ケンとラオウの永き闘いの始まりの時でもあった。互いに究極奥義を纏い、奥義が意味を成さなくなった二人の闘いは、憎しみの無い拳を撃ち合う子供の頃に時が戻ったかのようであった。

 ラオウが周囲に広げる闘気の中に、ケンシロウがゆっくりと踏み込んでいく。闘気の乱れを誘い、無想の一撃を放つより他に決着をつける術は無い。次の一撃が最後となる事を、二人は知っていた。ケンシロウの覚悟を受け、ラオウの身体から闘気が消える。次の瞬間、全てを込めた二人の拳が交錯する。勝ったのは――――ケンシロウであった。

 二人の勝敗を分けたもの。それは愛を捨てた者と、愛を心に刻み付けた者の違い。ラオウへの想い、そしてユリアへの想いが生きている己の心を砕くことは出来ない。そう語るケンシロウであったが、ラオウもまたユリアへの思いを捨てたわけではなかった。ラオウは、ユリアの命を奪ってはいなかった。ユリアの身体は、既に不治の病に侵されていた。限られた命の中で自らの幸せを放棄し、己の宿命に全うしようとするユリアの生き様を見たラオウには、もはやユリアを殺すことはできなかったのだった。

 互いに愛を背負った二人の拳は五分であった。だが強敵達との死闘を潜り抜けたことが、ケンシロウを成長させていたのであった。

「わが生涯に一片の悔い無し!」

突き上げられた右拳から、ラオウに残された全ての力が放たれる。天空を穿ち、曇天を切り裂いたその光景は、この世界に光が戻ったことを告げているかのようであった。弔いを終えたケンシロウは、ユリアと、そして黒王と共に新たな旅路へと出発するのであった。



・血まみれになる二人
ケンシロウとラオウ様の最終決戦中、互いの掌打がぶつかる瞬間に二人の身体が相手の身体を透り抜け、血まみれになるというシーンがある。それまでほぼ無傷だった二人が、一瞬にして全身の傷口から血を噴出する大怪我を負うのだ。この時、二人の身に一体何が起こったのか。
おそらくこれは、無想転生同士の衝突によって起きた現象であろう。無想転生は相手の攻撃を受けたときに無意識で発動する技。この時、ケンシロウとラオウ様は同時に攻撃を仕掛け、二人の身体は同時に「無」となった。故に二人の肉体は衝突することなく互いの体を透り抜けたわけだ。しかし、この無想転生は不完全であった。掌打がぶつかる瞬間、そのあまりの衝撃の大きさに、二人は怯んでしまっているのだ。その状態で発動した無想転生は完全なる無になりきれておらず、
不完全な無の状態での交錯は完全に物質を透過することができなかった。故に二人は外皮だけでなく体の内部にまで損傷し、全身血だるまになってしまったのである。
桂正和先生の「D・N・A2」という作品に登場した「スーパーソニック・アタック」という技がこれに近いと考えられる。この技は、テレポート能力のスピードをあえて半分に落とすことで自らの体を粒子状にし、その状態で相手の身体を突き抜けることで全身に大ダメージを与えるというものだ。だが実際にそれができたとして、粒子状になった方だけがダメージを受けないという道理は無い。ケンシロウとラオウ様のように、どちらも大ダメージを負うのが自然なのだ。
・わりと泣くラオウ様
幼き頃、修行中に泣いたトキに対し、「俺はもうすでに涙を捨てた!」と豪語された拳王様ですが、トキとの最終決戦中には25コマに渡る大号泣をなされ、更にユリアの命を奪おうとした際には、一回泣いた後にユリアの病気の事を知ってもう一回ぶりかえし号泣するという技まで披露されました。
そういえばファルコも涙を使い果たしたとか言われてた割りにその後2回泣いてますからね。北斗の拳において涙が枯れたという言葉ほどアテにならないものはないってことですね。
・わが生涯に一片の悔い無し?
漫画史に残る名言と共に御逝去された拳王様。しかし、本当に一片も悔いはなかったのだろうか。修羅の国を救うという約束はどうなったのか。兄カイオウをこのままにしておいていいのか。
自分が死んでもケンシロウがいるから大丈夫だという思いも勿論あっただろう。しかし私は、極端な言い方をするなら、あの時点でのラオウ様は修羅の国に対する興味が全く無かったのだと思う。
故国である修羅の国をその手で拾うという最終目標を掲げ、国の平定を目指した拳王様。だがその実現のためには、妥協せねばならないことも多かった。サウザーとの戦いを避けた事もそうだ。本来なら拳士として己の手で雌雄を決したいところであっただろう。しかし、覇権を握るという目標のために、傷を負うことすら許されない立場にあった拳王様には、不確定要素の多い戦いに挑むことはできなかった。その生き方は、最強を目指した男にとっては鬱積するものがあっただろう。しかし、南斗の城でケンシロウに恐怖し、拳王の名を捨てて魔王となったあの時、ラオウ様は覇権を手にすると同時に覇王の座を捨てた。全てを捨て、最強の敵であるケンシロウとの戦いに挑む決意を固めたのだ。残された拳王軍団が武器を破棄していたことからも解るとおり、あの時点で拳王軍は実質解散していた。それはラオウ様が、修羅の国に侵攻するという目標を完全に捨て去った事の証なのだ。
確かにラオウ様には、まだまだ成すべき野望は沢山あった。しかしそれらを抱えたままでは純粋なる死闘に臨む事は出来ない。ケンシロウとの戦い以外の全てをかなぐり捨てて、最終決戦の場に赴いていたからこそ、ラオウ様にはもはや一片の悔いも残ってはいなかったのである。

【TVアニメ版での主な変更点】
ラオウの怒りをかい負傷した拳王軍団員がユリアの不思議な力で傷を癒されるシーン追加
世界中で拳王軍に対する反乱が起きはじめたとの報を受けリハクが動き出すシーン追加
黒王が現れたのは原作ではケン達三人のときだったが、アニメではフドウの村。
アニメで黒王に乗るのはケンシロウのみ。バットとリンは後からバイクにのって練気闘座へ行く。
拳王軍団団長達がリハクに降伏を申し入れるシーン追加
幼きユリアを北斗練気闘座へと連れてくる役目がリハクに変更。
ケンシロウとラオウが無想転生の応酬で渡り合うシーン追加
最後の一撃の際、ケンの拳をラオウが左手でガードしようとするが、突き破られるシーン追加
ラオウがユリアに闘気を分け与えたという設定が追加
ラストシーンでケンシロウとユリアは歩いて去るが、アニメでは黒王に乗って行く。


≪南斗最後の将編 SPエピソード