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謎の道士



登場:第29話〜
肩書:北斗の運命を導く者
流派:?
CV:池田勝(アニメ)
   麻生智久(ぱちんこ)

 北斗に関わる者達の前に時折出現する謎多き道士。自らの事を、「星を観て、鑑て、看る者」と称する。拳志郎からは「運命の爺」と呼ばれている。密教星占術を極めているらしい。

 かつて拳法修行で大怪我を負った拳志郎の前に現れ、道に迷ったときにその運命を指し示すという羅龍盤を授けた。その後も病に冒された芒狂雲に暫しの命を与えたり、玉玲に記憶を取り戻させるための切欠を与えたり、ドイツから帰還した劉宗武を出迎えたりなど、様々な場面に登場。天授の儀の最中には、今まさに最期の一撃を放たんとする二人の前に姿を現し、その闘いに心震わせながら桜の花びらへと姿を変えて舞い散った。
 後に、勾玉の中で真実を見たヤサカの前にも出現。ヤーマの深き愛が、歴史の中で北斗への憎しみとして伝わってしまった悲劇について語った。

 TVアニメ版では原作以上に頻繁に登場。特に前半は、ストーリーの最後にほぼ毎回登場した。




 まずこのジジイが何モンなのかと言われれば、まあ生きた人間で無いことは間違いないだろう。途中までは妖術使いである可能性も無いことも無かったが、227話で粒子が形を変えて老人の姿になった時点で人外確定です。おめでとうございます。

 しかし霊体というわけでもなく、コップに穴を開けるといった物理的干渉や、秘孔で寿命を延ばすという北斗の技も使うことが可能。逆に攻撃を喰らうこともあるようだ。人の形を成している時は、通常の人間と変わらないということだろう。普通に浮いたりしてる奴を通常の人間と呼んでいいのかはわからないが。

 彼に最も近い存在を挙げるとしたら、月氏族の墓に現われた狼であろう。その正体は、シュケンによって西斗月拳の高弟達が殺された事に対する月氏族の怨念であった。だがその元となったのは、シュケンに会いたいと願うヤーマの強い想いであり、それが永き年月を経て怨念へと姿を変えたものらしい。つまりはヤーマや西斗月拳の伝承者、高弟達、そして残された月氏族達という、西斗月拳全てに関わる者たちの思いの集合体といったところだ。
 一方の導士の方はというと、彼が現われるのがいつも北斗に関わる者達の前である事を考えると、やはり北斗を冠する拳法に関係する存在だと思われる。狼と同系の存在だとするなら、北斗神拳の歴史に携わった者達全員の想いの集合体ということになる。西斗月拳の悲劇もご存知ということは、もちろんシュケンの思念も含まれている事は間違いない。

 この二者を比べることで、導士の正体を探ってみよう。注目すべきは活動範囲だ。狼のほうは月氏族の墓で北斗神拳伝承者が訪れるのを待ち続けていた。つまりあの墓の中から出ることすらかなわない存在ということだ。それはおそらく、ヤーマの遺体がそこに安置されているからであろう。怨念が狼の形を成すためには、ヤーマの強い残留思念が不可欠であり、それはあの霊廟の中にしか及ばないのだ。
 かたや北斗の導士は中国のあらゆる場所に現われている。それは彼が、狼のようにヤーマ一人の強い思いで外型を形成しているわけではなく、北斗に携わった者達の思念が偏ることなく寄り集まった存在だからであろう。しかし、それではひとつ矛盾が生じる。劉宗武はドイツから中国に帰ってきた途端に導士が現われたと言っていた。拳志郎も日本滞在時には会っていない様子。つまり、彼もまた中国国内にしか出現することができないエリア限定の存在だということだ。しかし西暦806年以降、北斗神拳は日本で受け継がれている。もし導士の正体が北斗に関わった者たちの思念なのだとしたら、北斗神拳伝承者達の亡骸が埋葬されている日本にも出現できるはずなのだ。ということは、この導士の出現条件になっているのはもっと別の何か・・・中国本土に残された何かが鍵になっているのだと推測できる。 可能性が高いのは、泰聖院の女人像の下に眠っていた勾玉であろう。「ヤー(神)」を意味するその宝玉の中には、北斗の魂たちが宿っているらしい。806年以降の北斗神拳伝承者達の魂が日本ではなく、海をわたってこの勾玉の中に収まっているのだとすれば、導士が中国限定なのも説明がつく。なにより決定的なのは、「北斗の魂が宿っている」というその勾玉にヤサカが触れたとき、彼の前に現われたのが、ヤーマと、この導士だったことだ。ヤーマは西斗の人間でなので、残るこの導士こそが「北斗の魂」そのものだという証なのだ。

 ここまでくれば、もうこの導士の目的は明確だ。それは勿論、北斗神拳伝承者に残された最後の課題・・・西斗月拳の血筋の者を、怨念という名の呪縛から解放することである。北斗神拳伝承者を泰聖殿へと導き、天授の儀を経て、北斗の魂との語らいにより二千年前の真実を伝える。同時に西斗月拳の伝承者にも勾玉を通じて真実を伝え、月氏の神が北斗神拳の死を望んではいないことを伝え、長き憎しみの歴史を終わらせる。それこそが、導士が拳志郎を導いた「運命の旅」なのである。導士がこの時代に現われたのも、全てはヤサカという西斗月拳の拳士が現われ、北斗抹殺へと動き出したことが切欠なのかもしれない。


 しかし、彼が北斗の魂の集合体だとして、何故あの老人の姿なのだろうか。西斗月拳の怨念は狼の姿だったが、あれは谷へ身を投げたヤーマの命を救い、彼女の死後にはその赤子に乳を与えた狼だった。シュケンと別れた後のヤーマにとって、味方と言えるのはあの狼だけだった。その間、彼女はシュケンに会いたいと強く願い続け、やがてその愛が怨念へと姿を変えた。その想いを最も傍で感じていたのがあの狼であり、それを依り代とした結果なのだろう。
 ということは、あの導士も元々は北斗宗家に何らかの形で関わっていた人物である可能性が高い。北斗神拳創始時からいるのだとすれば、シュケンの傍で、彼の嘆きを耳にしていた人物ということだろうか。まあその頃のエピソードは描かれていないので想像のしようもないのだが、一つだけ気になる点がある。それは、あの導士が「密教星占術を極めている」という設定だ。もしかしてこれは、依り代となった老人の生前の職業に関係しているのではないか。つまり彼は、北斗宗家お抱えの占卜師であり、一族の人間に往くべき道を指し示していたのではないだろうか。もしそういうカウンセラー的な役割も果たしていたのだとすれば、彼がシュケンから心の葛藤を吐露されていてもおかしくはない。そのシュケンの哀しみを汲み取り、共に涙を流したことで、狼と同じように魂の依り代となったということだ。
 そういえば北斗の拳のキャラクター達は、死兆星をはじめ、星星の動きで未来を予言したり、誰かの死を察知したりしていた。その星占術を北斗に浸透させたのも、もともとはこの老人なのかもしれない。