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流飛燕
りゅうひえん



登場:蒼天の拳(第105〜187話)
   蒼天の拳REGENESIS
肩書:死鳥鬼 北平漂局の運び屋 
流派:極十字聖拳
CV:子安武人(ぱちんこ・REGENESIS)

 極十字聖拳の使い手。「死鳥鬼」の名で馬賊達にも恐れられている男。物資輸送の警護を生業とする北平漂局で働いている。師父魏瑞鷹からの影響で訛りが強い。

 幼き頃、病気で苦しんでいたところを彪白鳳に救われ、共に魏瑞鷹の下で極十字聖拳を学ぶことに。互いに師の拳を受け継ぎ、兄弟子の白鳳を上回る実力を手に入れた。

 「希望の目録」を運ぶ仕事でモスクワへと赴き、そこでエリカ一家が惨殺された現場に遭遇。エリカこそが希望の目録であることを知り、死したの最期のぬくもりに縋ろうとする彼女の姿に、失ったはずの涙を取り戻した。
 その後、無事にエリカをハルピンへと護送するも、このままではすぐにナチスに殺されると考え、再び彼女の護衛として上海へ。彼女を預かる予定となっていたギーズの腕を確かめるため、闇討ちを決行し、その命を奪った。だが死の間際に、拳志郎の存在を教えられ、エリカを守る立場をかけて勝負することを決意。その後、アジトをナチスに囲まれて危機に陥るも、突如現れた拳志郎の導きによって逃亡。その途で、力だけではエリカを守れないという事を玉玲から諭され、拳志郎との決闘を前に、玉玲にエリカを預ける事を決めた。

 慈悲の心を捨てた"死鳥鬼"の心を取り戻し、拳志郎と対決。完璧なる防御を誇る千の手で、拳志郎の攻撃を全て防いでみせたが、指先の闘気秘孔を突くという奥義 天破活殺は防ぐことが出来ず、劣勢に。拳志郎の突きをあえて貫通させ、秘孔を突けなくするという作戦を取るも、闘気によって内部から心臓を打たれ敗北した。その後、自決しようとするが、自らを必要としてくれるエリカの心を知り、拳志郎から致命の秘孔を解除された。

 その後、青幇の計らいによって神父として生きることとなり、エリカと親子として生活。だがある時、西斗月拳ヤサカの標的にされ、捕われの身に。処刑前に直接対決に臨むが、相雷拳の前に敗れ去り、全身から血を噴出させて瀕死に。拳志郎の到着によって救われるも、もはや助からぬ傷を負っていたため、エリカには会わずに一人で死ぬ事を決意。エリカの事を拳志郎に託し、小船で海を彷徨いながら静かに息を引き取った。


 『蒼天の拳REGENESIS(アニメ)』では、ギーズと戦うことなくエリカを引き渡すという流れに変更。だがその直前にギーズが殺され、その場に居合わせた拳志郎を犯人と思い込み拳を交えた。その後に誤解は解けるも、不治の病を患っていたため、拳志郎がエリカを預けられる人物に足るかを確かめるため勝負に臨み敗北。しかし拳志郎の秘孔によって命を繋ぎ、その後は原作どおりにエリカと親子関係になり、ヤサカによって殺された。
彪白鳳や魏瑞鷹にまつわるエピソードは全てカットされている。





 章烈山が敗北し、紅華会が完全消滅したところで、蒼天の拳の物語は一段落を迎えた。そして第二部とも言うべき新たな物語が始まり、その最初の敵として登場したのが、この流飛燕であった。「蒋介石らが選ぶ中国最強の拳法家」という、とんでもねえ触れ込みを携えて。

 そしてその拳法の名は極十字聖拳。このまま北斗三家拳の流れでいくのかと思いきや、突如割って入ってきた新たなる流派。北斗劉家拳から生まれたという割りには、全く似ても似つかないその斬撃主体の拳法を見て、読者の誰もが「あれ」を思い浮かべたことだろう。新しさと懐かしさを兼ね備えたその拳は、次なる物語の始まりを飾るにこれ以上ない素材だったと言える。


 金髪幼女を脇に従え、かつ田舎臭さを感じさせる訛り口調。初登場時の飛燕からは、中国最強という称号の臭いは感じられなかった。だがこの毒気の無い感じが逆にヤバみを感じさせるなぁ・・・と思っていたら、その想像を超える激ヤバ野郎だった。なんかよくわからん理由で、いきなりギーズを殺害したのだ。
 飛燕によると、ギーズが希望の目録・・・つまりエリカを預けるに足る男かを確かめるため、拳法で勝負を挑んだのだという。そりゃまあ、責任者が格闘に長けているに越した事はない。しかし相手はナチ。銃で武装した戦闘のエキスパート集団である。そんな相手から1人の少女を守るとなると、求められるのは個の力よりも組織の力であろう。ギーズ個人に求めるのも、格闘よりむしろ頭脳や人脈、資金のほうが重要だった筈だ。
 しかし、彼らのような拳法家には、闘ってみなければわからない事もあるのだろう。だから闘いを挑んだその気持ちは分かる。だが殺すのは流石にアカン。どう考えてもアカンよ。立場的にギーズはむしろ味方と言える男。エリカの事は一任できずとも、共に協力し合うことは出来た筈だ。それをフイにしただけでなく、この一件でフランス軍を敵に回してしまっているのだから最悪だ。しかもフランス側は、希望の目録の正体を知らぬが故、エリカもろとも殺しに来ていた。ある意味ではナチより厄介な相手を、飛燕は自らの手で生み出してしまったのである。

 キャラクターがこういう理にかなわぬ行動を起こした時、色々な可能性を考えて擁護するのが私のスタンスでもある。だがこの一件に関しては擁護のしようがない。ギーズ殺害は、飛燕やエリカにとって何のメリットもない、ただひたすらに愚かなる行為であったと言わざるを得ない。

 しかし、それは仕方の無い事なのである。何故なら流飛燕という男は、これ以上ないくらいに「不器用」な男だったからである。高倉健ですら足下にも及ばない、まさにキングオブ不器用、不器用オブザイヤーなのである。
 彼はもともと病に苦しむ孤児であった。白鳳の慈悲によって共に魏瑞鷹のもとで拳を学ぶ事を許され、極十字聖拳によって凄まじい強さを手に入れた。だが、強さ以外に彼は何を手に入れただろうか。師・瑞鷹の拳法バカ具合を見るに、彼が拳法以外の面で弟子達を教育できていたとは到底思えない。飛燕の口調が師そっくりなのも、師の指導をそのまま言葉の勉強にあてた結果であろう。
 そんな中でも、兄の白鳳は割とシッカリした人物へと成長できている。だがそれは、彼に「貧乏を殺す」という目標があったからだ。平等なる国を作るためには、拳法以外にも色々と学ばねばならぬ必要があったのである。しかし、ただ生きるために、飯を食うためだけに拳法を習い始めた飛燕には、それを磨くより他に目標など無かった。いかにして相手を倒すか。傷めるか。殺せるか。それだけを考えて生きてきたのだ。そしてそのまま成長し、生まれたのが「死鳥鬼」。戦う事以外に道を見いだせぬ、不器用モンドセレクション1位の男である。
 飛燕は言う。「人殺ししか能のないオイラ」と。拳志郎は言う。「お前はすぐ殺すからな〜」と。文麗は言う。「誰でも殺したがる死鳥鬼のくせに」と。人を殺傷することだけが彼の存在価値であり、強さこそが彼にとっての人を計る物差しなのだ。そして弱きものに与えられるのは容赦なき死。その死がどういう事態を引き起こすかなど考えない。何が自分に取って有益か、不利益かなどに興味が無いのだ。何故なら、不器用だから。


 そんな彼でも、必要としてくれる者たちはいた。だが北平漂局での輸送の仕事も、言うなれば追っ手達を撃退する殺人業。そしてその強さを目に付けた国民党からの閻王殺害依頼。求められるのは人を殺すことのみ。それ以外のことは必要ないし、求められることもなかった。
 だが、エリカとの出会いが全てを変えた。両親の死に必死に涙をこらえる彼女の姿に、涙の熱さを思い出した飛燕は、命をかけてエリカを守りぬく事を誓う。しかし拳法で彼女を守ることは出来ても、母親の温もりを与えることは出来なかった。やはり自分に出来るのは人を殺すこと以外には無い。エリカの幸せを願う飛燕は、彼女の身を玉玲に預けることを決める。だが飛燕は気付いていなかった。エリカにとって飛燕が必要かどうかではない。今や飛燕の方が、エリカを必要としているのだという事に。
 拳志郎に敗北した後、飛燕はエリカに言った。おまえの哀しみが深すぎるが故に、自分の哀しみがちっぽけなものに思えたと。飛燕の言う己の哀しみとは、自らの生きる道・・・死鳥鬼と呼ばれ、血に染まった道を歩き続ける事が、実は辛く哀しい人生であることを、飛燕は初めて告白したのだ。そしてそれを癒してくれたのが、エリカの存在。人を殺すこと以外で、初めて己を必要としてくれた彼女こそが、己を地獄から救い出しくれる存在であることに、飛燕はやっと気がついたのである。互いが互いを必要とするベストパートナーだからこそ、飛燕とエリカは蒼天一の名コンビなのだ。そしてその幸せを破壊したからこそ、ヤサカの背負った業はあまりにも深いのである。


 しかし、エリカとの出会いで生まれ変わった飛燕ではあるが、同時にその変化は彼から強さを奪ってしまったように思える。愛や哀しみを知れば強くなるのが北斗の法則だが、どうやら飛燕には当てはまらなかったようだ。

 死鳥鬼時代には「死鳥血条斬」などというおどろおどろしい名前の奥義を好んで使っていた飛燕だが、解脱後には「燕舞斬」という、自らの名や、朋友である親燕への情に溢れた奥義を使っていた。この事からも、彼の拳質が変化している事がわかる。通常なら闇を祓った後者の方が強くなるのが漫画の定番だが、そのリニューアルされた飛燕の拳はヤサカに通用しなかった。拘束されて体力が衰弱していたという理由もあるだろうが、本人的には斬った瞬間は「イケた」と思っていたようなので、どちらかというと感覚のほうがズレていたように思える。死鳥鬼の名を返上したという事は、血に塗れた戦いの日々が終わったという事。飛燕は既に拳士として半ば引退状態にあったのだろう。その平和な日々が、拳士としての勘を鈍らせたとしても仕方がない。

 だが私は、それよりも大きな原因があったと考える。それは、彼の使う極十字聖拳が、変化後の飛燕に適していなかったということだ。幼き頃から人を殺傷するためだけに研磨されてきたその拳は、まさに死鳥鬼のための拳。死鳥血条斬のような血に染れた奥義で闘うのが本来の(飛燕流)極十字聖拳であり、エリカへの愛を背負って闘う今の彼には、その威を引き出せなくなっていたのではないか。
 拳法というのは本来様々な顔を持っており、使う者に応じて拳質も変わるのが普通だ。だが極十字聖拳はまだ歴史の浅い拳。生まれて数十年ほどしか経っていない拳では、そこまでの多様性も無かったのだろう。飛燕ほどの才能を持ってすれば、今の自分にマッチした極十字聖拳も組み上げる事ができただろう。だがなにぶん死鳥鬼を卒業してからの時間が短かすぎた。20年以上に渉って染み込ませた拳を、そう簡単に変えることなどできなかったのだ。

 飛燕は言う。自分はエリカの親になって心が弱くなってしまったと。生まれ変わった己の心を、飛燕自身がまだ制御できずにいたのだ。殺人マシーンであるターミネーターならば、プログラムを書き換えるだけで頼もしい味方にもなろう。だが人はそう簡単に切り替えて生きられるものではない。新たな自分に今までの拳法をなじませるには時間がかかるのだ。いわばこの時の飛燕は、生まれ変わる直前のサナギの状態・・・一番狙われてはいけない時期だったのだ。故にヤサカごときにあれだけの惨敗を喫してしまったのである。もし飛燕が完全なる羽化を遂げていれば・・・。いや、例え拳志郎と闘ったときの死鳥鬼の状態であっても、彼がヤサカに遅れを取ることはなかっただろう。そう思いたい。何故なら私は、そんな不器用な飛燕が大好きだから。